ゴミよ、粗大たるべし



 むかしは、よく、「来年のことをいうと鬼が嗤う」といったものだが、最近では、どうやら、むかしのことをいうと、鬼が嗤うらしい。

 ここでいうむかしのこと、とは、戦争中のこととか、終戦直後の生活のこととかで、決してそんなにむかしのことではないが、例えば、いまの若者にその当時の話をすると、すぐに冷笑と同時に「そんな話をいましたってはじまらないじゃないか」という返事が返って来る。

 私自身、何度かそんな経験があって、最近では、戦争中の話とか、終戦直後の生活な話とかは、むしろ口にするのをタブーのように思うようになった。

 勿論、ここでは、その戦争中の話とか、終戦直後の生活の話とかには、―――私の場合には、それはたいてい息子に対し てだったが―――多分にいまの若者に対する説教臭も加わっているわけで、それが現代の若者の反撥を呼ぶわけであるけれども、それと同時に、その背後には、 いまの若者たちが生きる<現代>という時が頑として構えていて、いまの若者には、むかしの話などまったく必要でない、というか、きいたって無駄である、と いう観念が牢固としてあることも間違いない。

 もっとも、現代は情報の社会とか呼ばれる時代で、日進月歩、それこそ時代は一分刻み二分刻みを単位として動いている ような時代で、そこに生きる若者たちが、そんな話などきく余裕なぞまったくない、というのも無理からぬ話だともいえる。そんな話など、むしろコレステロー ルの増殖にしか役立たぬ、というのが本音かも知れない。

 しかし、よく考えてみると、こうした現代社会、情報の社会は、私たちが終戦直後の生活のなかから営営として築きあげて来たものである。

 考えようによっては、それは私たちが造りあげて来たもの、造りあげて来た時代が、いつか私たちの手もとから離れて勝手に動き出し、生きはじめたとも、いえなくもない。

 今日、問題になっているいきざまの社会問題、<いじめ>だとか、教育だとか、老人対策の問題などは、みなそこから派生した問題であるとは、いえないだろうか。

 こんな筈ではなかったのに――私たちのなかに、多少ともそんな想いがあるのは、否めない事実のように、私には思えるのだが・・・。


 ところで、これも<むかしは・・・>という話の一つになるが、むかしは、親父たるものは、みな威張っていた。いや、威張っているだけではなくて、私たち子供の眼から見れば、えらかった。

 食事のときには、親父の席はいつも一番上座で、その前にはわれわれ子供たちとは別に、鮎だとか、鯛のさしみだとか いった上等のおかずが一品は必ずついていた。表で働いて来る親父に対する御苦労さまといった気持かも知れないが、われわれはときどきそれを親父からわけて もらって、親父のやさしい心に、心から感謝したものだ。

 この親父のえらさは、親父が年をとるに従って、ますます加わって行ったように、私には思われる。そのころの親父は、子供の教育だとか、家庭のなかの問題などには、まったく無関心だった。 親父は外で働くもの、そして、家族を養うものだった。

 「お父さんに、いいつけますよ」母親のその一言で、たいてい私たちは、一ころだったように思う。たとえどんなに年をとっても、親父が粗大ゴミと化する姿なんて、とうてい私たちには想像出来なかったものだ。

 この親父の姿は、いったいいつごろから消えてなくなってしまったのだろう。少なくとも今日の社会では、こうした親父の姿は、どこにも見かけることはない。

 若いころには多少いばっているつもりの親父たちも、年をとり、停年が迫って来るこるになると、何となくそわそわして来る。

 むかしは「姥捨て」というのはあったが、「親父捨て」というのはなかった。だが、現代では、粗大ゴミイコール親父のことで、つまりは「親父捨て」である。

 この理由は、比較的簡単で親父は家のなかでは何の役にも立たないからである。

 というより、何の役にも立たない、という因習を受けついでいるからだ。

 ところが、始末の悪いことに、女性の方は反対に、どんどん社会に進出している。

 表で働くのは、何も親父に限ったことではなくなった。

 当然、親父への尊厳はそれだけへるし、親父は反対に、その分だけ家庭のことに口出ししようとするから、結果はますます悪いことになる。家庭のことに口を出す親父なんて、子供の尊厳の対象にはならないからだ。

 親父は家庭のことに口を出さなから、子供にとっては恐い存在なのだ。この世のことに何も口を出さない神様が恐いのと同じことだ。家庭のことに口を出す親父は、底が見えた神様と同じことだ。

 底が見えれば、神様は、つまりゴミである。考えようによっては、そのゴミが、「むかしは・・・」などといい出しては、ますますいけない。

 この親父は、いまさら尊厳をとりもどせといっても、それは無駄な話だ。

 もとを糺せば、すべてはそもそも世の親父たちの弱気から出たことだ。いまの親父たちは、女房に対しても弱気であれば、子供たちに対しても弱気である。この弱気は、ある意味では民主主義の根源であり、終戦後の社会から生まれたものだ。

 いまでは、転勤のたびに女房に相談する亭主なんか、ちっとも珍しい存在ではなくなった。何でも相談、それがいまの世 の中だともいえる。なかには三歳の幼児とさえも、本気で相談するものさえ出て来かねない勢いだ。だがもしも、三歳の幼児と相談して、三歳の幼児の意思決定 に従ったとしたら、この世の中はいったいどうなるのか。

 この傾向は、いまの教育問題に、もっともよく現われている。

 つい最近のことであるが、テレビを見ていたら、中学の教師に対するアンケート調査の結果というのが報道されていた。

 そのなかで学校の教育上体罰を必要と思うかという問いがあって、その問いに対して五十二%の教師が、体罰を有効な手段と思うとこたえていた、というのがあった。

 このこたえ自体は、私などたいして驚くに当たらないことだと思ったのだが、私がむしろ驚いたのは、それを報道したアナウンサーだったかニュースキャスターだったかが、教師たちのそのこたえを、いかに教師の意識が低いか、という証拠のように報道していたことだ。

 私は、体罰が必ずしもいいとは思わないが、体罰が教育上必要な手段であるかどうか、という問題はいろいろ議論の余地 のある難し問題であると思う。むしろ五十二%以上の教師が必要だと思う、とこたえている事実こそ尊重しなければならないのではないか。体罰即教育意識が低い、という判断をいったいだれが下しているのか、その方が疑問に思われたものだ。

 事実、その私の疑問にこたえるように、昼のタモリのやっている「笑っていいとも」の番組であったか、半ば冗談半分に 日本の時事問題を討議する場面で、韓国の青年が登場して、自分の国では生徒が悪いことをすれば教師は遠慮なく体罰を加える、それでうまく行っている、と胸 を張ってこたえていた。私はその韓国の青年の胸を張った姿が何とも快く感じられたのを憶えている。

 そういえば、こと教育に関する限り、私たちの子供のころにも、教師の体罰はあって、それで万事うまく行っていたように思う。この体罰は、勿論、家庭にもあって、それで家庭の方もうまく行っていた。

 だからといって、私は体罰がいいというのではなく、体罰がなくて、それで教育がうまく行く方法があれば、それにこしたことはない。

 ただ、いまの状況は、体罰がなくて、それで教育がうまく行っているとは義理にもいいにくい、ということをいっているのだ。

 むしろ、体罰即教育意識の低さ、と考える大人の方に問題があるのではないか。

 そういえば、私たちの子供のころにはいじめなどという問題はなかったような気がする。あっても社会問題化するようなケースはほとんどなかった。子供同士の<いじめ>などは当たり前のことで、それに耐えることが当然だと思っていたのかも知れない。


 私の父は、私が小学校のころ、私に向ってこういったことがある。

「もし学校で友だちから一つ殴られたら、二つ殴り返せ、二つ殴られたら四つ殴り返せ」

 父が私にこういったのは、当時、私が学校で一番小さく、体も弱かったせいもある。

 私は、しかし、現実に友人から一つ殴られて二つ殴り返したこともなく、二つ殴られて四つ殴り返したこともない。

 また、子供ごころにも父のこの言葉を暴力肯定の言葉と受け取ったこともなく、ただこの言葉のなかから男にはそのくらいの覇気が必要だ、ということを父がいいたかったのだということをちゃんと汲みとっていた憶えがある。

 私が、ここで特にいいたいことは、子供にはちゃんとこうした理解力がある、ということだ。それと同時にまた、いまの大人たちは、今日の社会が大人にとって情報社会であるのと同じように、子供にとっても情報社会である、ということだ。

 だからこそ、大人たちの子供たちに対する弱気は、子供たちにもすぐに反応する。

 例えば、むかしだったら、子供の<いじめ>の問題は、いじめる子供に対する躾けの問題であり、またいじめられる子供 のいくじなさに対する躾けの問題でもある。少くともそれは教師の問題であるより先に、子供たち自身の問題なのだ。ところが、今日の社会では、何かというと それを教師の問題に還元する。

 しかし、本当をいえば、<いじめ>の問題は、何も子供たちだけに限ったことではない。大人たちの社会では、この<い じめ>はもっと隠微なかたちでいくらでもある。子供たちの社会の<いじめ>は、むしろ大人になってからそうした<いじめ>に耐える力を得るために、ある程 度必要な道程ともいえるわけだ。

 もっとも、そうした道程というには、今日の子供たちの<いじめ>は少しエスカレートしすぎているのではないか、というものもいるかも知れない。しかし、そのエスカレートは、学校の責任であるより先に、今日の大人たち自身の責任でもある。

 例えば、先のテレビのアナウンサーにしろ、また<いじめ>に対する社会の反応にしろ、いまの大人たちは少し子供たちの側に身を置きすぎはしないか。

 かりに先のテレビを子供たちが見ていると仮定しよう。その場合、体罰を肯定する教師に対する批判は、そのまま子供たちにも、一つの情報として流れるわけだ。その子供たちは、自分たちの教師に対してどんな感情を持つか。

 一方では教師の尊厳をいいながら、一方ではいまの大人たちは平気で教師の尊厳を傷つけているわけだ。そして、その場 合、子供たちが何よりも先に理解するのは、大人たちの子供たちに対する弱気の姿勢なのだ。そして、こうした弱気の姿勢に育てられた子供たちは、かえってそ のために親たちに感謝するどころか、親たちを馬鹿にし、教師を馬鹿にすることになるわけだ。

 子供たちの理解力というものは、そうした方面には、十分に、発達しているのである。

 いじめる方の側にも、いじめられる方の側にも、である。

 <いじめ>の結果の子供の自殺などというのは、<いじめ>の質が悪質になった、というだけでなく、その結果の両方の側のエスカレート以外の何ものでもない。

 これは、何も子供たちの教育の問題だけに限られたことではない。子供たちをこうして育てた親たちの弱気の最たるもの、それが粗大ゴミの問題でもある。

 粗大ゴミという名称は、何も子供たちがつけたのではない。

 世の親たちが将来の自分たちの姿に対して、自ら名づけた名称でもある。

 この名称のなかに含まれているものは、子供たちの親たちに対する邪魔扱いという現実ではなく、親たち自身の将来の自分に対するひけ目以外の何ものでもない。

 いまの人生には、大きな意味で卒業と呼ばれうるものが、二度あるらしい。

 その一つは、学校の卒業であり、いま一つは会社の卒業、つまり停年である。

 前者は将来の希望に満ちた卒業であるが、後者の卒業は、義理にも希望に満ちているとはいいがたい。

 むしろ、この卒業は、自分自身の粗大ゴミ化への第一段階である。この時期になると親たちは自分に再就職について考え ると同時に、子供たちとの将来の生活のあり方について考えはじめて、そわそわし出す。再就職は何も生活のためや、仕事に対する愛着のためにするだけではな く、自分自身の粗大ゴミ化の予防のためでもある。もっとも、この背景には、高年齢化による将来への不安というのもある。ながい灰色の将来、それはだれだっ て耐えがたいものだ。

 このながい灰色の将来をどう過すか。これはたしかに、彼らにとって重大な問題である。むかしは、停年後は、ただ人生 の余暇をたのしめばよかった。だがいまは、余暇をたのしむというには、彼らの将来は余りにもながすぎる。そのうえ、さらに、彼らの上に重くのしかかるの が、粗大ゴミというイメージでもある。

 「私は、子供たちと一緒に暮らそうなんて思ってない」「年をとったら養老院に入るよ」「何も子供たちの世話になろうと思って、子供たちを育てたわけじゃない」

 自ら粗大ゴミのイメージを抱く世の親たちは、よくこういう会話をする。なかには自分が子供たちの世話になりたくな い、ということを誇りのように思っているものも少なくない。だが反面、こうした会話の底にある、自分が育てた子供たちへの不信は、どうなるのか。子供たち の生活の倖せのため、というものもいるだろうが、それが果して彼らの本音だろうか。何故彼らのなかには、子供たちと一緒に楽しく過ごす、という人生の余暇 が、イメージとして浮かばないのだろうか。勿論、そんなイメージなど単なる楽観にすぎない、と彼らはいうだろうが・・・。

 しかし、何故彼らがこのような不安をもつかというと、彼らが自分の子供たちをそのように育てた憶えがないからだ。教 育の問題は、すぐに 自分自身に戻って来る問題でもある。例えば、今日の教育の問題の根幹には、いまの大人たちが営営として送って来た今日の社会そのものがある。今日の大人た ちは、自分の子供たちを、かって自分の親たちが自分に対してそうしたように、厳しく育てた憶えがない。子供たちに理想を与えよ、というが、子供たちに理想 がないのは、何よりも自分たちに本当の理想がないからだ。自分が理想を持たなければ、子供たちが理想を持つはずがない。それが、教育というものである。

 だが、いまの大人たちは、自分の理想のかわりに、生活の便法ばかりを追及して生きて来た。生活の便法にふさわしい社 会だけを目標に、今日の社会を造りあげて来た。他人よりも自分を優先するのは当然であり、利益を追及するのも当然であり、理想よりも現実を優先するのが当 然である、という社会を造りあげて来たのだ。

 いまの大人たちは、だからいまは、自分が造りあげて来たものに対する不安で満たされているのだ。日本が経済大国に なった、という誇りのかげで、彼らはたえずこの不安に脅かされている。教育の問題を再検討しようと思えば、まず自分たちの造りあげて来たものを壊さなけれ ばならない。自分たちの造ったものを壊さぬままに、教育の問題を再検討しようというのは、実際にはこれまた糊塗的便法にしかすぎないのである。そして、そ の糊塗は、何よりもまず、自分自身にはね返って来るのだ。


 こうして現象は、私には、やはり終戦を境にして起こったように思われる。

 考えてみると、今日粗大ゴミ化しつつある世代は、みな戦争、並びに終戦経験者であるといえる。彼らは戦争を境に、大 きな変節をした世代だ。戦後自由主義、戦後民主主義というが、実際にはそれは、自由主義や民主主義であるより先に、彼らの意識のなかでは一つの変節であっ たのだ。民主主義、自由主義は、アメリカから与えられたものであり、彼らの本当の目的であり、理想であったわけではない。いや、むしろ、戦後民主主義、戦 後自由主義は、彼らの理想の放棄そのものであったのだ。彼らは、自由主義、民主主義の名のもとに、理想を放棄して、現実に徹底して生きる論法を学んだ。社 会に妥協し、現実に妥協し、子供に妥協して生きる便法を学んだのだ。

 彼らの 意識のなかには、常にそのやましさがある。そのやましさが、すべての現実に対して弱気となって現われる、とはいえないだろうか。その彼らが、ときどき思い 出したように<むかしは・・・>などといい出せば、たちまち子供たちからしっぺ返しを受けるのは、当然である、といえなくもない。そしてまた、生活の便法 に生きるものが、生活の便法を失えば、即粗大ゴミ化するのも当然のことだともいえる。この粗大ゴミが蘇生するには、彼らが再び自分たちのなかに便法に先ん ずる生活を取り戻すしかないのである。

 私は、むかし、よく映画や話などで南洋の土人の部落にいる長老のことを、見たり聞いたりした憶えがある。この長老 は、いまは十分たっぷりすぎるほど生きて、まるで彼自身が自然に帰ってしまったかのように、毎日のどかに日向ぼっこなどしている。しかし、この長老という 存在は、村にとっては酋長よりも重要な存在でもある。

 何かことがあったときには、酋長はこの長老にお伺いをたてる。

 この長老は語部として、村のものたちに村の歴史を伝える役目も果している。こうした長老は、何も南洋の土人の部落に限ったことではない。

 日本の村村にも、かっては数多く存在したのである。いや、村だけではない。私の子供ころの記憶には、日本の政治の世界にも、こうした長老的存在が何人かいたような憶えがある。この長老の存在の特徴は、何よりも人びとの尊敬と信頼をあつめていることだ。

 例えば、私は子供心に、西園寺公という人は、とてもえらい人だと思っていたのを憶えている。

 西園寺公という人は興津に住んでいて、滅多に政治のことにも、社会のことにも口出しをしない。それでいて、当時の首相は、何か困ったことが起こると西園寺公のところに裁断を仰ぎに行く。

 私が、西園寺公という人はとてもえらい人なんだな、と思っていたのは、しかし首相が相談に行くからではない。

 首相が相談に行くとき以外、西園寺公が滅多に発言をしなかったからである。それが何とも、いかにも悠々自適の生活のように子供の眼に映ったのだ。

 この西園寺公と、今日の数多くの元首相との間には、何という雲泥の差があることか。いまの元首相たちは、それこそまさに粗大ゴミになることを恐れて、政治の座にしがみついている。悠々自適、真の長老になるだけの自信も誇りも彼らにはないからだ。

 これは、世の大人たちにとっても同じである。人間、年をとれば、だれしも自然に環る。だとすれば、その自然に最も素 直に適応することこそ大事なことなのではないだろうか。その自然を、何故ことさらに粗大ゴミと感じなければならないのか。人間は、むかしから親が子を育て るのが自然なように、子が親を思うのも、また自然なのだ。

 何故、その自然を信ずることができないのか。

 何故、それを信ずることができないような社会が出来てしまったのか。

 そのことの方が、むしろ重要な問題なのである。

 粗大ゴミならば、粗大ゴミでよし、粗大ゴミという自然に徹しようではないか。

1986年5月