平成十年の提言
時の上に留るべし
――平成十年に想うこと――


 平成九年という年は、どう考えてみても、いろいろな意味で、とてもいい年とはいえないような年であったような気がする。明るいニュースの記憶はほとんどなく、記憶に残るようなニュースはどれもみな暗いニュースばかりだったといえるのではないだろうか。

 神戸の少年の大人の想像をこえた残忍な殺人事件をはじめとして、銀行や証券会社の倒産、何となく中途半端に終わりそうな行政改革、そしてやや回復、やや回復といわれながら、一向によくなる気配のない景気と、何ともふん切りの悪い年でもあったのではないか。

 さて、それにつづく平成十年に何を期待するかといわれても、正直のところ多くの国民はただ戸惑いを感ずるといった方がいいのではないか。行革が成功するこ とを期待するといっても、景気がよくなることを期待するといっても、それはすこぶるあてのない期待といった方が正しい。それどころか、腹の中では行革もど うせ中途半端に終わるだろうし、いまの政府にはとても有効な景気対策を打ち出すことは出来ないだろう、と思っている国民の方がはるかに多いというのが、現 実であるような気がする。

 そこで私は、はなはだ逆説的ではあるが、この平成十年は、思い切って時の上に留る年になって貰いたいと思う。時の上に留るということは、時に流されずじっくりとその本質を見極めるということだ。本質というものは、時の上に留ることなしに、これを見極めることは出来ない。

 平成十年がさらに不景気になってもよろしい、行革が失敗してもよろしい、むしろそれは勇気をもってその本質を見極める良い機会でもあるはずだ。バブルの本質とはいったい何であったか。政官財の癒着の本質とはいったい何なのか。時の流れに流されずに、ゆっくりともう一度検討してみることだ。時の流れというも のは、往々にしてその本質を隠蔽するものだ。

 早い話が、国民は何故いま橋本首相決死の勇をもって断行しようとしている行政改革にそれほどの期待を持てないでいるのか。それは、ことの起りは政治改革で あったはずなのに、いつの間にか時の流れのなかで、それが行政改革一本に絞られてしまっていることに、何とない不信を感ずるからだ。まず最初に政治改革を 行い、わが身を削って後、はじめて行政改革も実を結ぶことに国民の大半は気づいているはずだ。

 このことに限らず、どうも日本の政治家は<人の噂も七十五日>という言葉の信奉者であるような気がしてならない。どうせ日本の国民は七十五日もすれば公約など忘れてしまうのだ、と思い込んでいるものが大半なのではないだろうか。

 佐藤孝行を大臣に入れたのは、そうした意味では橋本首相の大失敗で、そのことが忘れかけていた政治改革を国民に思い出させてしまったともいえる。

 そうした意味では今度の行政改革が半端に実現されることは、かえって政官財の癒着という本質を時の流れのなかに隠蔽してしまうことにもなりかねないのだ。 ことの本質を見極める前に、下手な弥縫策をすることは、かえって百害あって一利なしという結果を招くこともないとはいえないのである。

 同じようなことは、景気の対策についてもいえる。私は経済については何の知識の持合せもないが、しかし素人ながら今度のバブルの崩壊のとき、この不景気はいままでと同じ景気対策では決して立ち直らないのではないか、と直感的に思った記憶がある。

 それはバブルの崩壊がもたらした不景気は企業だけではなく庶民を傷つけた不景気だからで、公共事業とか公定歩合の引き下げとかいうことは、何らその庶民の 傷をいやすものではなかったからである。だいたいこのバブルの崩壊の実体は、いまもってはっきりとそのデータが国民の前に知らされたことがない。

 かって日本は不景気が来るたびに、公定歩合を引き下げ、公共事業に金を出し、景気の回復をはかって来た。しかし、こうした景気対策で最初に恩恵を受けるの は銀行と大企業で、この銀行と大企業が景気の回復を支えて来たといえる。だが、いままでの不景気は企業を傷つけるだけで、庶民そのものを傷つけたことは余 りなかったのではないか。だが、今度の場合は、庶民の大半がローンで家を買うとか、土地を買うとかして、バブルに巻き込まれているのだ。

 私は、この間何度か経済企画庁から発表された景気はやや上向いている報告をきいて首をかしげざるを得なかった。これなども、その本質を本当に見極めないこ とには、ただいたずらに弥縫策をくり返すことになるのではないだろうか。庶民から離れた政治をもってしては、決して今度の不景気を立ち直らせることは出来ないように、私には思えるのだが……。

 勿論、このほかにも、平成十年が反省すべきことは数々ある。しかし、そのなかでも特に重 要なことは、最初に書いたように、時の上に留る、ということだ。現代は、とかく情報の時代といわれる。つまり、いかに速く、いかに広く情報を得るか、とい うことが、現代では最も重要な課題になっているということだ。テレビの特種、新聞の特種、コンピューター、インターネット、みな然りである。
 しかし、この広い情報、早い情報ということは、その反面、人々の本質に対する関心を失わせることにもなる。人々は立どまって、そのことの、本当の意味を考える時間はなかなかない。

 いうまでもなく、このことに関していえば、テレビにも大きな責任がある。テレビの解説者にしても十分に分析検討する時間もなく、その解説は当然通り一ぺん のものになる。いや、その前にテレビそのものの当事者が果してどれだけのしっかりした価値基準を持っているか、も問題である。

 少なくとも現在のテレビは、報道というのは名のみで、そのほとんどは視聴者の関心を基準とした娯楽の方が主体になっている。

 タレントの浮気だとか離婚だとか、そんなものまで報道だと自負している風がないでもない。当然価値などに関心なく、同じようなタレントをやたらに生産しているのが現状だ。いかなる基準で彼らがキャスターを選ぶのかも定かではない。

 報道とは元来が客観的なものでなければならないのは当り前のことであるが、しかしその反面、本質に対する関心がなければ、それは当然価値基準の欠如という 結果をもたらすことも避けられない事実だ。いや、今日のテレビは、むしろしばしばそうした価値の混乱をあおっている傾向さえあるといえなくもない。

 これは、もっとも日本のテレビ界だけに、限ったことではない。

 例えば、あのダイアナ妃の交通事故による死という出来事などその良い例といえる。たまたまその同じ日にこの世を去ったマリア・テレサの死と、ダイアナ妃の死という二つの死に対するジャーナリズムの関心は、私には何ともやり切れない印象だった。

 ついその前日まではイギリス王女の恋の話題として興味本位に報道されていたものが、突然悲劇の死として、一日の大半の時間を費して報道され、さらに何日か 後には地雷駆除のため献身的に貢献した聖女の如く変身して行く報道を目にして、私が感じたことはむしろ「ああ歴史というものは、こんなにも杜撰なものか」 という印象だった。

 それに比べればマリア・テレサの死は、ほんの新聞の片隅に報じられたといった程度の印象で、それは私に地の底にひそむ本質の価値とは、このようなものか、と思わせたものだ。

 こうした報道の姿勢は、その報道が何を求めるかということによっても異るだろうが、平気で時の流れに身を任せる報道の無責任さと関連がないともいえない。

 ダイアナ妃の死は、たしかに報道に値する劇的な死であり、マリア・テレサの死は、ただ単なる平凡な死であったとしても、しかしこの二つの死に対する客観的な価値基準がないとしたら、それは報道の無自覚な姿勢の結果であると思われても仕方ないのではあるまいか。

 こうした報道の無自覚さは、むしろいたるところに見られるし、それが今日の社会の価値の混乱を招いているといっても過言ではない。次々に矢つぎ早に現れては消える情報は、知らぬうちに本質に対する関心を薄れさせて行く。

 政治家が前に言ったことをすっかり忘れたとしても、それは何も政治家だけの責任ではない。政治家とともに、それを時の流れにまかせているジャーナリズムの責任でもあるのである。

 日本人は昔から、とかく観念的なことが苦手だとされて来た。その反面、現実に対する適応は非常に敏感で、例えば自然の四季に対する敏感な感受性は、世界に類がないといっても過言ではない。

 その一方、戦前までの日本人は、徳川時代の三百年の鎖国という現実によって、つよい独特な国民意識を持っていたともいえる。儒学に裏打ちされた武士道や、大和魂といった精神的な支柱がそれで、少なくともそれは敗戦まで脈々と続いていたといえる。

 しかし、敗戦という現実は、完全にその精神的支柱を打ち砕いて、それからの日本人はどうやら完全な現実主義になってしまったような気がする。

 現実がこうだから、というのが大半の日本人の行動基準で、元来が現実に対する適応能力にすぐれている日本人は、戦後五十年の間に世界の経済大国にまでのし上ったのではないだろうか。

 これは勿論大変単純な図式にすぎないが、しかし、バブルといい、政官財の癒着といい、この図式にのって歩んで来た五十年という歳月のアクがもたらしたものであるような気が私にはして仕方ないのだ。

 そのアクの最たるものは、私が部品主義と名づける意識で、それはいまの日本人の間に深く浸透しているように私には思える。

 この意識は、個人主義でもなく、全体主義でもない。つまり会社のために、という意識でもないし、会社は会社、個人は個人という意識でもない。そうではなく て、自分はあくまでも部品で、だから会社がなければその部品である自分もなくなってしまうのではないか、という意識なのだ。

 この意識は、決して戦後すぐに芽生えたものではない。むしろ戦後何十年かを経て、その間に企業が徐々に大企業になる間に生まれて来たものだ。昔は、労働者 には労働者なりの、はっきりとした意識があった。それは、われわれ労働者があるからこそ、会社も存在するのだ、という意識だ。その一方では、企業の方にも また、企業は人なり、という意識があった。

 しかし、そうした意識は大企業が力をつけるに従って徐々に変貌して行ったようだ。

 サービス残業などという言葉をこのごろではしばしば耳にするが、これなどはその一例といってよい。

 サービス、というが、それは勿論本当の意味のサービスではない。企業の方は残業させても手当を払う必要はない、とタカをくくっているわけで、一方、残業する個人の方は皆がそうしているから、という単なる身の安全からそうしているに過ぎない。

 今日では多くの人々が、社会党の何一つ定見のない変貌ぶりを半ばあきれ、半ば、絶望して眺めているが、考えようによっては、それは今日の労働者の意識をそ のまま反映している、といえないこともない。自分を部品だと見ることは、少なくとも会社の中では何一つ自分の定見を持たず、価値観も持たない、ということだ。

 今度、警察によって摘発された証券会社や銀行、さらには多くの大企業と総会屋と称せられる人物との関係にしても、この部品主義の影響をみることが出来る。 単に摘発された会社だけではなく、その他の多くの企業もみな大同小異同じことをしているのではないか、ということは、世間一般ではむしろ常識として考えら れているといった方がいいだろう。それは日本の企業の体質というものもあるが、それが企業の体質だとして、その体質に何の価値観も持たずに従うということ が問題なのだ。それは日本の企業の現代の経営者たちも、所詮は自分のことを部品としてしか認識していない、ということではないか。

 いまの経営者の大半は、自分で事業を起し、築いて来たのではない。ながい間の部品としてのサラリーマン生活を送り、やがて部品として経営者の位置に辿りつ いただけの話だ。部品であるから前の者のやっていたことは、何の価値基準もなくそのまま受けつぐ。これは、当然のことといえるかも知れない。

 この部品主義は、暗雲のように、いまの日本の社会を蔽っている。自分は部品なのだから部品として、安泰であることが何よりも大事なことで、そこに思いやり などあるはずはない。自分より強い者に対する関心はなく、自分より弱いものだけを相手にすれば、それでよしと考える。この部品主義に何よりも欠けているの は、それぞれの個人の人間としての存在の自覚なのだ。

 今日の企業は、どの企業にしろ真の意味の人間を社員として求めているわけではないし、社員の方にしても企業にとって必要でない部品にならないこと、ただそれだけが重要な関心事なのだ。

 そうした意味では、今日の社会は人間不在の社会であり、そして私は平成十年が時の上に留る年になってほしいというとき、ただ単にバブルの崩壊の実体をその ことによって見極め、政官財の癒着の真の解決をそのことによって求めろ、というだけではなく、時の上に留るということによって、人間が社会の部品としてた だ単に社会の現象に流されるのではなく、その留った時のなかで、一人の個人に、人間としての存在に立ち返るということを期待しているのだ。

 時の上に留るということは、単に立ち止るということではない、時の上に留ることによって流れ行く時のなかに、いかなる時にも流されることのない真実を見る、ということだ。時に流されることのない価値、時に流されることのない本質を見るということだ。

 大事なことは、時の化粧にだまされぬことだ。時の化粧の底にひそむ真実を求め、価値を求め、自分の人間としての真の存在を求めるということだ。

 それは平成十年とは何の関係もないことではないか、というものもいるかも知れない。しかし、そうだろうか。むしろ平成十年という年は、それらすべてに渡っ て反省するのに最も相応しい年だといえるのではないか。景気がすぐに回復しなくてよろしい、政治改革が、行政改革が挫折してもよろしい。

 むしろ平成十年は、それらの挫折を通して、私たちが真に反省するに絶好の年といえるのではないか、あらゆる分野にわたって広く、私たちが戦後五十年に失って来たもの、得て来たものの価値を見直すのに、絶好の年だと私には思えるのである。
 災い転じて福となす、という言葉がある。私は何も平成十年が災いの年になると思っている わけでもないし、それを願っているわけでもない。しかし、いま日本が、あらゆる意味で曲り角に来ていることは間違いない。バブルの崩壊による日本経済の曲 り角、政治改革、行政改革という政治の曲り角、また教育の曲り角、というある意味では最も重要な課題も控えている。

 これらの曲り角は、それに先立つリクルート事件、大手ゼネコンの汚職を始めとして、戦後五十年の間私たちが一途に歩いて来た道の曲り角でもある。そして、この曲り角の意味は、私たちがいままで適応して来た現実、その現実そのものの曲り角であるといってもいい。

 私たちは、この五十年の間、いつの間にか現実がこうだから、という考えのもとに、その現実に適応し、それに馴れ親しんで来た。しかし私たちがこの曲り角で 本当に正しい道を選ぶためには、まず<現実がこうだから……>という私たちが馴れ親しんで来た考えから転換しなければならない。

 この曲り角で私たちが先ずやるべきことは、じっくりと立ち止り、時の上に留って、その本質を見極めることだ。<現実がこうだから……>ではなく、こうである現実に立向うことだ。

 殊に私は、ジャーナリズムにその姿勢を求めたいと思う。速い情報、興味ある情報もいい。しかし、それよりも重要なことは、その情報の価値の認識だ。その価 値が国民に正確に伝わらなければ、それはかえって価値の混乱という結果をもたらすことになる。その意味では今日では、ジャーナリズムという名のもとに、余 りにも価値のないものが価値ある如く氾濫し、価値あるものが埋もれすぎてしまっている。これは結果的には、国民を迷わす犯罪である、といっても過言ではない。

 私があえてこんなことをいうのは、政治改革、行政改革にしろ、景気の回復にしろ、教育制度の再検討にしろ、それが単なるおざなりの、いままでの歴史の延長 であってはならないと思うからだ。それはかえって、日本をより深い泥沼に引きずり込むことになると思うからだ。そうした意味では、平成十年という年は、是 非とも日本の思想の改革の年になってほしいと思う。まず、思想と呼べるだけの理念を構築する年になって欲しいと思う。

 改革は決してそれからでも遅くはない。いや、それからでなければ、それは決して改革という名に値するものになることはないのである。

 残念なことに、戦後日本は、理念なき国になってしまったように思われる。平和憲法をいだきながら、真に平和に対する理念もない。自由主義、民主主義を称しながら、自由に対するする理念も、真に確立しているわけでもない。

 いや、むしろ、理念のないことによって、戦後日本は世界有数の経済大国にまでのし上がったともいえる。理念のないことによって日本は、ただ現実に巧みに適応し、金を儲けることだけをもって良しとする国になってしまった。

 そして、その日本を経済大国にまで押しあげた同じエネルギーが、いまバブルの崩壊をもたらし、政官財の癒着という結果をもたらしたともいえる。

 それだけではない。それはサラリーマンや労働者の意識を部品化し、子供たちの教育という分野にまで浸透してしまっているともいえる。

 幼稚園のときから塾に通い、良い中学、良い高校、良い大学を目指す子供たちにいま行われている教育は、子供たちの夢を育て、理想を育む教育とははるかに縁 遠い教育だ。その教育は、むしろ自分たちの社会に都合のよい、良い部品の製造のような教育といわれても仕方ないだろう。こうして出来た製品が、やがて日本 の社会を満たすことになるとしたら、日本の将来はますます暗澹たるものになってしまうにではあるまいか。

 もとより戦後五十年の間に眼に見えぬままに構築されたこの構図が、簡単に改められ、崩れるものとは、私だとて思ってはいない。

 その構図自体を築いて来た同じ力が、自らを改めるということは、並大抵のことではないだろう。それを平成十年に求めることは、到底不可能なことだ。それどころか私たちは、実際にはその実体のほんの一端しか分っていないのかも知れない。

 しかし、だからこそ私は、この平成十年を思い切って、勇気をもって時の上に留る年になってほしいと思うのだ。いままで私たちを押し進めて来たエネルギーに替わる理念を持つ端緒の年になってほしいと思うのだ。

 正直なところ、私は平成十年が明るい良い年でないとしても、一握りの光を、一握りの幸福を見出すことの出来る年になることは、いくらでも出来ることだ。
 ああ、この世の中には影絵の形と輪郭を示すに足るだけの僅かばかりの光は、僅かばかりの幸福はなくてはならぬ。その他は暗いままでいい。

 これは、あの溢れるばかりの光を求めた画家ゴッホの言葉だ。

 この平成十年が真の意味で良い年になるためには、この一握りの光こそ、私たちは求めるべきではないだろうか。

1997年12月